風の鳴る音
既刊情報
制作秘話93
かぐや姫の罪と罰
制作秘話92
竹取物語ネタばれ
制作秘話91
一番大事なこと
制作秘話90
小説家へのルート
制作秘話89
読みやすい小説を書くには
制作秘話88
平氏は本当に滅びたのか(ネタバレ)
制作秘話87
平家物語の名前
制作秘話86
「細かい」仕事
制作秘話85
意外な上達のコツ?
制作秘話84
物語創作最大の難関
過去の制作秘話一覧
中高生むけの作品

既刊の案内と情報はこちら

 

制作秘話 47

《其の四十七》

物語とは葛藤の解決過程である、と学生時代私は師匠に教わりました。
主人公に葛藤が生じ、それを解決して、元の平安あるいはよりよい生活を得よう、と行動する様子、これが物語だというのです。

以来私は、葛藤を中心に据えて、物語を紡ぐように努めています。

葛藤といいましても、いろいろです。文字通りの心理的葛藤もあれば、ミステリーなら殺人事件の容疑者にされたあるいは大切な人を殺された、真犯人を暴かない限り、主人公は平和に暮らせません。
突然怪獣が現れて町を破壊するのも、魔王が恋人をさらうのも、主人公が異世界に召喚されるのも、平穏が乱され日常生活が理不尽に奪われたという葛藤なのです。

葛藤の解決過程、という言葉を与えられただけで、物語をどう書けばいいのか、見えてくる気がするから不思議です。


「源氏物語 あさきゆめみし」には、どんな葛藤があるのか。
私なりに考えて、仏教用語の「四苦八苦」を書こうと決めました。
(それで文字通り表現に四苦八苦したのはまた別のお話・笑)

まず四苦。「生病老死」です。
生きねばならない苦しみ、病の苦しみ、老いる苦しみ、死ぬ定めの苦しみ。

プラス、オプションの四苦がついて八苦になります。
「愛別離苦 怨憎会苦 求不得苦 五陰盛苦」
愛する者と別れる苦しみ、恨み憎む者に出逢う苦しみ、求めるものを得られない苦しみ、そんなどうにもならない苦しみがたくさんあると知ってしまう苦しみ。
(五陰=ごうんとは、感受性とか意識とか記憶とかのことです。そういうのが人間にはあるから、敏感というかナイーブな人だといろいろ苦しいのです)


源氏は初め「求めるものを得られない苦しみ」に彷徨います。
「たったひとつのかけがえのない愛」どんなものかも具体的に判らず、「これだ!」というものを与えてくれる女性を捜して捜して。

それが遠因になった結果、源氏を憎む弘徽殿の女御という人物によって、京を追われるのです。

人生の後半、源氏は「愛する者と別れる苦しみ」を味わいます。
人生通してそうだったとか、本人はつぶやいてますが。
「かくて、千年(ちとせ)を過ぐすわざもがな」(「千年もいっしょにくらすすべがあったら、よかったのに……」青い鳥文庫版5巻p249)
原文で、紫の上が最期にはっきりと聞いた源氏の言葉です。

こんな苦しみが世の中にはたくさんあって、いくらがんばったってやっぱりどうしようもない。
それを知ってしまうのが、紫の上です。
その結果、彼女が願ったのは、出家でした。体はともかく、心は人の世を離れたい、と。
源氏は最後まで苦しみにとらわれ、紫の上はけっきょく彼につきあいます。


これらの葛藤を描く背景は、やはり仏教の用語「諸行無常・生々流転・会者定離(えしゃじょうり=会うは別れの初め)」です。
各章の初めに太い活字で6行書かれた導入の文の一部や、本文中のところどころでも、この「諸行無常」を意識しました。

死ぬ定めの苦しみと、限りある命と命が出逢う一瞬の美しさ……原文から、少し長くなりますが、引用します。
「ほのぼのと明けゆく朝ぼらけ、霞の間より見えたる花の色いろ、なほ春に心とまりぬべく、匂ひわたりて、百千鳥のさへづりも笛の音に劣らぬ心地して、もののあはれも、おもしろさも、(中略)(紫の上が)見給ふにも、「(命の)残り少なし」と、身を思したる御心のうちには、よろづのこと、あはれに覚へ給ふ」
5巻のp237後半の紫の上の独白に当たる部分です。大和先生の名意訳&絵ですね。そして、原文のリズムもまた、美しいです。


「源氏物語のイメージ」をキャッチコピーにして、私なりに表すと、こんな感じでしょうかね。

光が目に見えるのは、引き比べる闇が、その横に生まれるから。
花が美しいのは、必ず散ることを、見る人が知っているから。

愛は――永遠なのでしょうか。

(C)2005-2017 Yui Tokiumi all rights reserved