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制作秘話 43

《其の四十三》

今回は、紫式部が施した、源氏物語の演出について、いろいろと考えたことを書いてみたいと思います。
紫式部の演出を、なるべく意識して、私も書いてみたつもりです。
なお、ネタばれ満載ですので、未読のございますかたは、お気をつけてくださいね。

まず、季節感と気象現象の効果です。
満開の桜の花と春の光の下で出会った「春が好きな姫君」紫の上。春の夕日に照らされて、飛び出してくる山吹色の衣の女の子、印象的です。
散る桜、これを死の象徴にしているのが、藤壺の宮。散る桜はおしまいの象徴のようですね。ほかにもあります。
藤の花はどうやら初恋の香りのようです。梅はどうでしょう?

桐壺院がなくなって、藤壺の宮が実家へ引っ越す日は吹雪です。誰もいなくなった建物、寒々しさがいっそう募ります。
明石の君がちい姫を手放すのも雪の日ですし、朧月夜の君が源氏に別れを告げるのも雪の中です。
雪は生き別れを象徴しているかんじですね。

運命が変わるのは、夏の雷です。
紫の上が引き取られたのも、源氏と朧月夜との仲がばれたのも、雷のときでした。
雨や嵐は源氏に試練を与え、人生を考えさせたりしています。

そして秋の紅葉や萩、菊に渡り鳥に時雨。どんな場面で小道具として使われているか、ぜひ注目してくださいね。


次に、色と香りと音楽です。
私がデビューしたばかりの頃、富士見書房の担当さんに「五感に訴える書き方をしましょう、見ためだけではなくて。においとか触ったかんじとか」と、アドバイスされました。
音楽は好きなので、自作でも取り入れてきたのですが、香りとか触感とかは考えてなかったから、「ああそうか!」と思いました。
源氏物語でも歌と管弦がいろいろな場面で登場します。コミュニケーションの場面ですね。虫の音、風の音も、心を揺さぶる演出です。

源氏物語の世界では、現代の小説よりもずっとずっと、香りがたいせつに使われています。真っ暗な中で、そこに人がいるみたいだけど、どんな人かわからない、という場面で、香りで判断しています。
その人の身分やセンスの良さや性格まで、香りで測ってしまうのです。

明るいときのセンスの良さは、襲(かさね)の色目です。どんな色の衣を重ねているか、です。右大臣の宴に招かれた源氏が、みんなが黒い正装をしてゆくなかで、ひとりだけわざと赤い衣に白い衣を重ねて、ピンクに透けて見えるようなのを着ていきます。みんなびっくりしますが、気障もここまでくると、かっこよすぎなわけです。

こういったおしゃれ、現代物を書いてみて、私も楽しさと難しさにはまりました。実際に読者さんもきているものを書くのですかから、最新の流行のセンスをどのくらい知っているかが問われます。変な服着させられません。せっかく美形とか美少年とか書いてるんだから、服が悪趣味だったらいけません。いかにもってかんじにキめ過ぎてもダメですし。

紫式部も、きっとこの「変な趣味のは書けない、源氏って完璧かっこいいんだから」って緊張感と着せ替え遊びをしているような楽しさを味わったんでしょうね、襲の色目で。


小道具として活躍するのが、手紙と扇です。貴族ですから常に持っているのは扇なんですね。源氏が刀を手にする場面は、人を斬るのではなく、魔除けのために二回だけ、それも若い頃です。
御簾は距離感の演出です。うすっぺらなのに、気分的にはどんな扉よりも厚いもの。

紫式部は、キャラ立ちの確立や心理描写の事細かさを初めてやった作家だと思いますが、抽象的なものや意味づけした道具を背景において、心理効果を増す演出を考えた、たぶん最初の作家です。本当に千年に一人の天才なのでしょうね。

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