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制作秘話 39

《其の三十九》

よくきかれる質問シリーズ……シリーズなのか? 「どうやって話を思いつくの?」です。
ほんとによく聞かれます「よく思いつくね」って(笑)

周囲の作家さんのお話などうかがうと、パターンは大別して3つ、あるようです。
「一枚の絵、ひとつのシーンのイメージ画像がまず浮かんで、どうしてそういうシーンになるのか、を考えてゆく」
「突然使えるだけのネタがまとめて降ってくる(夢で見たことを使うはこれに入れる)」
「何かのキーワードをきっかけに、脳内にある断片が集まって形ができる(編集側からの注文製作はこれに入る)」


時海の場合、「一枚の絵」というのは経験がありません。わりと聞くのですが、このパターン。
「まとめて降ってくる」か「キーワードと断片=三題噺系」ですね。
それも「キーワード」のほうが多いなあ。

業多姫のキーワード、一番初めは「石」でした。
博物館勤務時代、室町時代の山城跡の発掘をした当時の同僚が、「山の上には石がないので、家来がふもとの自宅から登るとき、必ず小石を持っていって、武器として貯めていたのが見つかった」と教えてくれたんです。
それから、自分が関わった発掘現場の、戦国時代の土の中の穴……「室(むろ)」。
それに、地元の民話を合わせて、前から脳内には映画「ローマの休日」みたいな「姫と、彼女を狙って近づくスパイが、許されない恋に落ちる」話がぼんやりとあり、イメージができました。


玉響とコウヤの伝説は、やはり地元の神話や伝説に、実際に接したそういった博物館にある「お宝」を重ねています。「陰月のヤジリ」もあとがきのとおり、こっち系。
これが時海の「ミコモ=美駒ワールド」なわけで、そこから脱出するのがいまの目標(笑)

ということで、これぞ「降ってきた」といえるのが、コードネーム「メガネC」ですね。この部分、ちゃんと世に出たら、正式タイトルに改めます。
ホントに降ってきたんですよ、いきなり脳内に現れた(私は画像とかでは浮かびません、考えとして、です)んです。時と場所まではっきり憶えてます。ある音(書くとネタばれなので、これも発表後に書き直します)を聞いた瞬間、脳内で爆発したように。びっくりしました。

屋外のイベント会場だったのであわてて自分の車へ戻り、会場でもらったチラシの裏にアイディアをどんどん書きつけて、それでも何かが乗り移ったように文字が出現してアイディアを書く手が止まらない。紙が足らないので、家に帰り、パソコンへ打ちこみました。

けっきょく、キャラの性格とかかなり変えてしまった部分もあるのですが、その時点でコンセプト(主旨)とファーストシーン(書き出し)はほぼできましたし。
編集さんにプロットをお見せして、そこから変えたり付け足したこともありますけどね。この辺はまた別の機会に詳しく。


「降ってきた」はいつ降ってくるかもどんなものかもわからないので、やっぱり地道に、普段から使えそうなキーワードを脳内に貯めておく努力は欠かせません。
ただ「降ってきた」ものはいきなり脳内がそれに支配されて、でもなんだか面白いそうなんですよね。うれしいです、ひとつさっきまでなかった話が、いま発見されて届きそうなところにある、というのは。本当にうれしいです。

この「降ってきた」は、「美駒ワールド」から外れる現代ものや異世界ものが多くて、まだまだ寝かせていたり、これから世に出そうとしていたりします。草稿くらいまでは、2007年夏現在進んでいるものもありまして、児童書ばかりですが、世に出たときにはよろしくお願いしますです。


そして、これをプロットに組み立ててゆきます。それは私が「プロット型」の作家だからで、最初のアイディアでは足りない部分やラストの方向などを、どんどん書きためていくわけです。
常に作品を心の片隅に置いといて、日常の合間に脳内でキャラを作り世界をつくってゆく。
気合い一発集中して紙に向かい、いきなり空中から掴みだすようにしてずらずらネタを書いてしまうということも、プロになってからはできるようになりました。時間の都合ですね(笑)

私がプロット型なのは、漫画の投稿で15枚の紙に起承転結を必ず収めなくては受けつけてもらえなかったから、とテレビアニメのシナリオの講座を受講したから(これも25分にぴたっと収めないとならない)です。どれだけの長さでもかまわない、というのが許されないと学んだためなんですがね、学生の頃に。

とにかく思いついたら小説として書き出してしまう、という作家の方も多くいて、ある作家さんが「ライブ型」と呼んでいらっしゃったから、ここでも拝借してそう呼びますが、小説として書いていく中で完成させる、書いているご本人もどうなるかわからないから楽しめるそうです。

私はとにかくラストの方向性が決まってゴール地点が見えないと、そこまでのルートがいくつ準備が必要であろうと、書きだせないので、ライブ型は感覚としてわからないなあ、どずっと思っていたのですが。

最近気がつきました。けっきょく同じなのかもしれない、と。
シリーズ1巻めや単行本だと、本編の半分以上ヘタすると同じくらい、シリーズ最後で全てが見えていてもまだ2割くらいの分量の覚え書きを作る私も、まず一回書いていることに違いないのでは。
そうやって、書き出すことで、物語世界を確立してゆく、という作業が同じなんですよね。

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