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制作秘話 36

《其の三十六》

「源氏物語は難しい」
そういうイメージが世間にある気がします。
そして「源氏物語といえば、光源氏が浮気しまくる話」というイメージが一般的。
後者は外れてはいない(笑)のでともかく、前者はなぜなんでしょう。かくいう私も、このお仕事をいただくまで、そう思いこんでいました。

なぜ 難しいのか。この「源氏物語 あさきゆめみし」ノベライズのお仕事に当たって、私なりに考えたことを書いてみます。
もしかしたら、偉い先生がどこかですでにおっしゃっていることかもしれず、私の勉強不足でさも自説のように書いてしまうかも。でもまあ、立派なことをいうつもりはなく、「ここは難しいよな」と感じたことを列挙します。

*まず第一に、原文が悪文。
悪文書きの私が言える事じゃありませんが(笑)
先日、たまたま「竹取物語」の原文の文庫をふと手に取りまして、私てっきりそれが、明治時代あたりの翻訳文だと思いこんだのです。
よくよく読めば、原文でした。そのくらい、意味が分かってすらすら読める。源氏物語の原文がようやくどうにか読めるようになってきた私の珍事件でした。
ためしに枕草子や平家物語と比べてください。いかにぐちゃぐちゃだらだらした文か、つかめるでしょう。

源氏物語の原文には、主語がありません。一つの構文がやたらとだらだら長いです。独特の敬語表現の多用や、ときには紫式部独自の単語、とくに形容詞があります。
主語がないのと文がだらだらが、難しい原因でしょうね。私も()で主語が補ってある岩波文庫版の原文を読んでいます。「誰々が」というのがほとんど書かれていないんですよ、原文。

これは、どういうことだろう、と私なりに考えて思いついたのが、「紫式部は、漫画を文で書いていたのでは」でした。それ、私がやっていることだってば(笑)
いえね、漫画の台詞には主語が少ないですよね。キャラの絵を見れば、その吹き出しは誰のものかが判るから。そして背景だのキャラのポーズだの状況だのの情報を、一気に全部「こま」に詰め込んである。
これと同じ感覚を持って、つまり紫式部の脳内ではすべてビジュアルになっていて、それを描写していたのでは、となんとなく思ったのです。


*キャラ大すぎ
主語がないし、同じ名前や名無しや出てくるたびに名前が変わるキャラがいる癖に、数百人ものキャラがいます。読み手が区別するのがたいへんですね。
しかも人間関係のややこしいこと。血縁関係とか恋愛関係とかごたごた入り乱れ状態。


*心理描写の複雑さ&こと細かさ
これが売りでもあるわけですが。キャラがシーンごとに立っていますが、案外全体を通すと、作者の都合でキャラぶれをしています。まず、主人公光源氏からしてそうです。ぶれているからこそ、あんなに女口説きまくって浮気するわけで。

つまり作者が書きたいのは、源氏ではなく、それぞれの女君の心理であり、源氏はその心理を起こす仕掛け人役でしかないのでは、彼が置かれる状況もまた然りなのでは、と思ってしまったのです。私は。
こんな源氏に一貫性を持たせるためのいいわけをすると、なんだかちょっと情けない男に……詳しくは3巻をどうぞ。その彼の「弱さ」をどう読みとりどう感じるかで、源氏物語が読みこなせるかがかなり左右される気がします。

「あさきゆめみし」原作は、かっこいい美形のビジュアルがついているので情けなさが緩和されてますけど……担当Mr.つちのこさまもしみじみおっしゃってましたが、絵がない状態の源氏ってどうやっても、くどき文句と言い訳ばかりがうまくて、行動原理は甘えが見えてかっこよくないですよね。

そして、キャラの心理描写が実に細かい細かい。世界で最初に細かい心理描写をやった紫式部は天才としていいようがないですが、私も自分の描写文体をおもいっきし棚に上げて言ってしまえば、細かくて読み疲れます。外面や仕草もきっちり描写してますしね。
こんなに細かく書いてある心理が、概ねネガティブだ、ということ。徹底した欝話ですから! 状況に解決しようのなさそうな葛藤を設定して、キャラを悩ませるのが実にうまい紫式部。主に葛藤設定で話を引っぱります。


余談、彼女がものすごいと思うところは、想像力だけで充分アクション書けるんじゃね? と思わせるところ。刀を抜くシーンは、はじめの方に二カ所で戦うこともない源氏物語ですが、スピード感のある描写、俯瞰やひろがりのある描写、迫力ある自然の脅威の描写が所々にあり、それも想像と聞いた話だけで書いているわけです。

私は3巻のために、実際に明石の浦までいって淡路島を眺めてきましたが、実は紫式部、須磨も明石も淡路島も見たことがなかったそうです。当時は写真も映像もないですからねえ。


*けっきょくエンタメ&楽屋なネタが多い
上に書いた「アクションも書けるんじゃね?」というあたりを、「文学研究者」は案外嫌っていたりするケースもあるとか。
でも、紫式部は、読者サービスとして、あるいは自分の楽しい趣味丸出しwとして、これを書いていたと思うんですよ。後世の研究者のむずかしい解釈がでてくるなんて、絶対考えてもないでしょ?

誤解を恐れずはっきり言ってしまえば、彼女が書いていたのは、「仲間内で楽しむ同人小説」ノリだったのではないかと。
たとえスポンサーが付いて「商業」になったって、読者の範囲は宮中・殿上人、彼女の想像のつく範囲だったわけです。

そのなかで通じればいい記号とかモデルとか事件とかネタとか織り込まれてますから、そんな共通理解をとっくに失った現代の私たちが、読みにくいのは当然です。
しかし共通理解がなくても現代でも読めてしまう、人間心理の普遍性があるということで、紫式部は恐ろしいほどの天才だったわけですし、物語には、時間を超えて人間である限り共感できる部分が必ずあると、わかるわけですね。


これは私がかけだしライトノベル書きだから、思うのかもしれませんが、「趣味で同人書いていたら、人気が出てメジャーデビューして、売れて版元に無理矢理続きを書かされていった、流行小説家」というパターンを勝手に感じちゃうのです。

源氏物語、一番はじめに書かれたのは、「若紫」あたりで、「空蝉」とか「末摘花」とか「夕顔」を楽しく、ストーリーラインでの時間的な矛盾考えず、連作短編として書いて、とにかくいちばん初めの「桐壺」は読者用後付設定説明として書かれたんだ、という説があります。

忘れてはいけないのは、当時は紙と墨がめっちゃ貴重品だったこと。書き直しする余裕はないでしょう。それが、藤原道長というスポンサーを得て、紙の心配がなくなり、心理描写にのめり込むのが、「賢木」(青い鳥文庫版で3巻の前半)あたりの気がします。

しかし。ストーリーの全体構想があり、だいたいそれを書き上げたのに、人気があってシリーズをやめさせてもらえないという業界ではしばしばある状況が感じられるのが、「玉蔓十帖」の気が。
私個人の感じ方ですが、忘れていた伏線とも言えない伏線を、けんめいに既刊から拾い出してきたと言おうか。
アイディアも奇抜でそれなりに読ませますが……。

宇治編のほうは、紫式部ではないという説もありますが、私は、彼女がいったんけりをつけていたと言おうか「もうやーめた、書くだけ書いた、思っていたよりもたくさん書けたからいいや」となって執筆から離れていたものの、宮中を引退して、ふと、もう一度自分のために好きなように書きたくなり、書いて未完のまま死を迎えたのでは、という気がするのです。

紫式部は根っからの、とことん、作家、だったのでしょう。
「普通の人との交流が苦手」「抜群の記憶力」「人を観察し、心理を分析して想像するのが大好き」「プライドが高い」――日記から推測されるどの性格も、実に作家だよなあ、とつくづく感じるわけです。
周りの思惑が執筆を左右し、どんなにか書くのが苦しくなったことでしょう。いったんは断筆しても、結局書いてしまう、根っからの作家だった、と想像します。
と、想像してしまう私もやはり小説家であるのでしょうね(笑)


なんか話がずれましたが、紫式部が源氏物語で使ったネタは、現在そのまま、漫画・ライトノベル・ゲームの設定にそのまま使われています。
エンタメの基本設定全てオさえていたわけです。日本人が源氏物語の設定によって、エンタメ感覚をきめられている、というわけではないと思います。

源氏物語をだれでも自由に読めるようになったのは実にここ60年のことですし、かといって全部読破した人はそんなにいないでしょ? このお仕事いただくまでの私も含め。
そして、日本のエンタメ……アニメは海外でも通用しています。

たとえば、頭の中将、じつにおいしい立ち位置にいる脇役の彼の設定やキャラは、紫式部が考えたんです。桐壺の更衣がいじめられるのも、幼い女の子をさらってきて育てちゃうのも、ちょーツンデレお嬢さまが親の決めた婚約者ってのも、紫式部が……。
この辺、キャラ設定がいかにライトノベル的な解釈できるかについては、また次回。

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