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制作秘話 31

《其の三十一》

「あさきゆめみし」&源氏物語の2回目は、キャラの名前についてです。いくら説明しても、やっぱりむずかしいよな、と思いつつ、説明開始。
むずしかったら、最後のほうを読むだけでいいです(^^;)


源氏物語のわかりにくさのひとつに、「キャラが多いのに、名前がやたら同じ、あるいは名前がついていない」というのがあります。
特に姫君はみんな「女君」とされているだけで、名前がありません。代表的な女房たちは「少納言」「中将」「王命婦」と呼び名がそれなりに紫式部によって決めれているのですが。

仕方がないので、江戸時代の国学者たちがほぼ仮の名前というかあだ名を固定しました。
「葵の上」「藤壺の女御」「夕顔の君」といったように。女御・更衣以外は、だいたい作中でそのキャラがよんだ歌・関係のある他のキャラの歌からついています。
ただし「葵の上」は歌をよまなかったので、帖名「葵」から(この「青い鳥文庫」版では2巻の「葵の章」あたり)からついています。彼女が「藤原葵」という名前だったのではないですね。

名前で、キャラのイメージは、変わりますよね。
夕顔の君は、源氏には「夕顔」の歌を送ったのですが、頭の中将には「常夏=なでしこ」の歌を送り、常夏の君と呼ばれてました。
夕顔の白となでしこのピンク、どちらが彼女のイメージでしょう。


男性も実は名前がなくて、光源氏とその息子(夕霧・薫)や孫(匂宮)は、姫君同様にあだ名が固定され、ほかはほぼ役職名を紫式部がつけたままに呼んでいます。
役職なので、出世すると呼び名が変わってしまいます。また、同じ役職の人が、時間が経つと別の人だったり。
帝もあだ名です。桐壺帝(1巻の帝ですね)・朱雀(すざく)帝・冷泉(れいぜい)帝と変わるのですが、そのたびに皇太子である「春宮」と呼ばれる人が違います。

主なキャラでは、藤原惟光くらいじゃないかな、フルネームで本名が判明しているの。彼の役職ははじめ朝臣(あそん)ですね。
頭の中将が一番困った人です。この先、役職が変わるんです。
彼の息子たち(柏木・紅梅)もまた、あだ名が固定されているのに、なぜかこの人だけ、あだ名が決まっていないんです。なので、この先「元の頭の中将だった内大臣」とか呼ばれてしまうのです。


どうして、女性の名前をあかさなかったのか、は「制作秘話10」に書いたので、コピぺしてみました。
ちなみに「業多姫いろどりつづり」のネタばれになっている回なので、ばれていない部分だけです。

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何百年も前の記録って「当たり前」だった言葉にはルビがないから、当たり前でなくなった現在、読み方不明のものが多いんです。
平安時代の貴族の女の人は「しょうし」とか「ていし」とか「せんし」とか教科書で習いますが、うそです。

「たぶん『あきこ』『さだこ』だったろうけど、記録にふりがながなくて判らないからとりあえず音読み」なんです。
ではなぜ男性の名前の読みが判るのか……女性がした記録はひらがななんです。で、なかなか女性は女性の名前を記さない。
自分の名前でさえ誰々の娘とか書いておく。

女性がうかつに名前を公表しない。
これは姉妹パワーの一種から来る古代の信仰で、姉妹は兄弟の守護のパワーを持ち、特に名前に秘密があったんですね。
名前を知っている男性にだけパワーを使える。
兄が妹の名前を知っているのは当然です。

なので、女性が他人の男性に名前を教えるのは結婚の承諾なんですね。
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ちなみに紫式部、は源氏物語を書いたから、当時、周囲につけられたあだ名で、書いて話題になる前は藤式部(とうのしきぶ)と呼ばれていたようです。

彼女の本名はわかりません。
当時の記録に、藤原道長が長女彰子のために雇った女房として「藤原香子」という名前があり、彼女の勤めはじめたのと時期が一致することなどから、これが紫式部ではないか、という説があります。

仮にそうだったとしても、読み方が不明です。「たかこ」「かおりこ」という説が出ています。
娘の大弐三位(だいにのさんみ)の本名が、母紫式部の日記によって、「藤原賢子」とわかっていまして、「かたいこ」説が有力らしいのですが、「まさこ」だったかも。
ともかく「香子=こうし」「賢子=けんし」ではないのですね。

大弐三位とは、だんなさんの役職が太宰大弐で、自分の位が従三位だったからです。女房たちはそんなふうに、だんなさんや父親の役職で呼ばれたので、「少納言」「中将」なわけです。


役職で呼ぶ、これは日本独特の風習で、いまだに続いてます。
あなたに「校長先生」といったら、思い浮かぶ人は、たぶんひとりですよね? 「校長先生」のフルネーム、知っていますか?

あなたの「校長先生」と、私の思い浮かべる「校長先生」は、まったく別の人のはずです。
そしてあなたも、過去には別の「校長先生」を知っていて、その先生は退職や転勤で、先輩の卒業式の後、お別れをしたのではないですか?

私は「編集長さま」を、何人も存じあげていますから、例えば青い鳥文庫の編集長さまのことを、青い鳥文庫の担当「つちのこ探索人M」さまには「編集長さま」といっても、フォア文庫の担当Y女史さまには「青い鳥のT編集長さま」というのですね。Y女史さまにとって「編集長」とは「童心社のI編集長さま」のことなのです。

あなたのお父さんも、会社では「課長」とか呼ばれているでしょうね。
あなたはお姉さんやお兄さんを名前で呼ばないことが多いでしょうし、妹や弟から名前で呼ばれたりもあんまりしない。
そもそもお父さんが、お母さんを「お母さん」って呼んでいませんか?
お母さんも「なに、お父さん」と返事をする。
だんなさんや奥さんを名前で呼ばない人が多い、日本はふしぎな国なんですよね。外国のかたからすると。

つまりは、そういうことなのです。
日本人の、本名パワーに対する、恐れなんですね。

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